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一万字ってどの位なの?




私はこのホームページを通じて、度々一分間に一万字くらいのスピードならば達成可能なものであると言ってきました。もちろん、目の病気がある方や練習をさぼりがちな方が、このスピードを達成する事は難しいと思います。だって、練習してないまたは練習する事が困難な方が、やはり速読を修得するのは難しいと思うのです。

ところで、なんで私がこんな事を言うかと申しますと、実はこの一万字と言うスピードはいろいろな意味が含まれた数字であり、この意味合いから言っても一万字と言うスピードは達成可能なものであるとも言えるのです。 そこで、今回度々メールでも同様の質問を受けましたので、その説明を行いたいと思います。

まず、私が一分間に一万字と言った場合、その中身は以下の様になっています。

1 初めてみた本であること
とは言いましても、全く自分が知らない分野の本の速読は困難だと思います。最初の頃からも述べていますように、速読は魔法の箱ではありません。今私が読んでも理解できない本を速読する事は不可能です。
また、ここで対象としているのは、あくまでも一般書と呼ばれるような本です。要は、私が読書王国で扱っている様な本という事です。

2 少し駆け足で読む事
ちょっと、急いで読んでいるなーと言う感想を持つくらいのペースで読む事が必要となります。まあ別にゆっくり読みたいと言うのならば、それはそれで構わないのですが、ちょっと駆け足と言うのが、ポイントです。

3 大体理解している程度であること
速読教室によっては、この点が一番争いがある所だと思います。ある教室は、右脳記憶と言うものを要求してきますし、またある教室は単語の書き出しを要求してきます。さらには、問題の様なものを解くケースもあるようです。
ただ、以前から述べていますように、私は記憶や理解と言うものは、個人の経験や知識と密接不可分なものであり、知識や経験に深みがあればあるほど、理解の深さや記憶の定着率も良いと考えています。記憶と言うものが、頭の中で知識が体系化されている方ほど定着しやすいそうです。この点を正しいとするならば、知識や経験に記憶と言うものが大きく影響されるとする私の意見はまんざら間違ったものではないと思うのです。
そして、このような私の考えからすれば、自分にとっての理解度こそが問題になるのであり、他人との比較と言うものは、さほど問題になりません。
もちろん、これはいろいろな考え方があるとは思うことなので、別にそれはそれで構わないとも、私は思っています。
とは言え、私が一万字と言う場合、その理解と言うものは、自分で大体分かっているなーと思う程度の理解に過ぎません。少し誤解を恐れず言えば、細かい所は、読みながら分からない事もあるけれど、大枠は理解できると言うあたりだと思います。

一万字と言っても、この程度の中身に過ぎないと言う事が分かっていただけると思います。そして、私が言う一分間に一万字と言うものが、いかに薄っぺらいものに過ぎないかと言う事も、この条件を見ていただければ、分かると思うのです。

しかし、ここで同時に誤解して頂きたくないのですが、実は私が言っている一万字と言うのは、たいしたスピードではないのです。 なぜなら、私が思うには、このスピードは誰でもが到達可能なものです。そして、このスピードくらいまでならば、たいていの人が努力さえ惜しまなければ、到達可能なものとは言えます。

このスピードを野球に例えるならば、草野球選手としては上手な方だけど、プロになる事は決してできません。楽器で言えば、周りの友達の中ではうまい方だけど、路上で引くには少し恥ずかしい。要は、少し努力をすれば、到達可能なラインなのです。

また、このスピードでは、多分速読を行う状態で、読書を楽しむと言う事も少し難しいと思います。だって、駆け足で読んでいるのですから、楽しいはずがありません。また、理解という点からもそうでしょう。

つまり、このスピードは一人でここから練習する事ができますよ、と言うラインに過ぎないのです。ですから、本当に大変なのは、ここからだと思います。いかにスピードを上げ、理解度を高めてゆくのかは、自分で言うのも何なのですが、結構大変な作業だと思うのです。
一冊でも多くの本を読み、知識の幅を広げるとともに、より安定した精神状態で本を読むと言う訓練が必要となります。より視野を広くとり、そのためにも安定した精神状態を保つ必要が出てきます。

私自身大変だったのは、一万字以降でした。速読教室に通い、一定の成果は上がったのですが、なかなか思うような状態が自分で作れないと言うのは、嫌なものです。しがない読書マニアでしかない私にとりまして、より深い味わいで読書を楽しみたいと言うのは、資格試験を受験されたいと思っている方とは違う意味での切実さ問題でした。

結局何が言いたいかと申しますと、一分間に一万字と言うのは、その程度のスピードでしかないと言う事です。もちろん、このスピード自体が大変なスピードであると言う事を否定するつもりはありません。しかし、速読の醍醐味と言うのは、その後にあるという事もまた事実なのです。

追記 資格試験受験生の方の場合、一万字未満の速読法で十分ではと思うと言うのは、この醍醐味にあるのです。私の知っている方でもいるのですが、この醍醐味を探求するために、出家修行者の様な生活をされている方がいます。
目的と手段が転倒してしまっているのですが、どうもこの醍醐味は時として危険な香りがするものである事もまた事実だと私は思います。



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